知的生産ブログ


 
 

2014 54th ACC CM FESTAVALにおいて、テレビCM部門の「ACCゴールド」受賞作品のなかに、東海テレビ放送の自社キャンペーン 特別な日篇/ふたつの取材班篇/記者とカメラマン篇/気持ち篇/震災バブル篇/忘れないで篇がある。



その「震災バブル篇」 では、

 「記者には、言わせたいセリフがあった。」

という言葉が大きく映される(上記動画の3分00秒付近から)。

このCMは、メディアがもつ恣意性を よく認識できる、メディアリテラシーの優れた教材であるといえる。



ここから思考を進める:


恣意性は、メディア特有のものか。

否。世界は恣意性にあふれている。反証に耐えた、或いは反証され得ない、恣意的に作られたストーリーが、世界を支配している。


対メディアだけならば、恣意性に対する考慮を特定の領域にのみ向けていればよい。しかし、恣意性にあふれた世界において、それに対する考慮を行うことは、水が悪い地域において生水を飲まないような、生存術(生き残るために必要な術)である。

 ・立場が異なる他の人も同様の認識であるか、
 ・論理的であるか、
 ・整合性のある数字が含まれているか、

例えば これらを、日常的、生活的に、問い続けなければならない。
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「銀河英雄伝説」の、あるシーン * での、ラインハルトの語り方:

敵に関する事実。
  ↓
「つまり」、そこから導き出される敵の意図、推測状況 (ラインハルトは、断定調で語った)。
  ↓
「だとすれば」、我はどうすべきか(一般方針)。
  ↓
「故に」、我は(現在|どの時点で)どうするか。

* 「銀河英雄伝説外伝 わが征くは星の大海」(21分付近)における「第3次ティアマト会戦」の1シーンである:

敵軍の動きを見るに、速度と躍動性には優れているが、他の艦隊との連携を欠き、また補給線が伸びるのを無視しているのが明らかだ。

つまり、その意図は極端な短期決戦であって、用兵の基本を無視した動きによって我が軍の混乱を誘い、それにつけ込んで出血を増大せしむるにある。

だとすれば、我が軍は無用な交戦を避け、敵が前進すれば同じだけ後退し、敵がエネルギーを使い果たした時点で反攻に移るべきだ。

故に、現時点では応戦する必要はない。

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